民族
1.「民族」という用語の曖昧性
「民族」の定義は何となくわかっているようで、実は難しい。人の血縁・地縁に基づいたゲマインシャフト的共同体は、その最少単位である「家族」から「一族」、「部族」、「民族」とより大きい集団に分類できる。しかし現代用いられている「民族」という用語は実は、地域や分野によって様々な使い方がされている。同じ「地域研究」とか「歴史学」とか「国際関係論」とかいう分野の中でさえその研究対象とする地域や集団によって「民族」という用語の使われ方は微妙に違ってきているということは常に念頭に置いておかなければならない。それほど「民族」という概念は面倒くさい、つかみ所のない存在なのである。また、これらの用語が元々日本語には存在せず、西洋の学問の輸入に際して日本において新たに作られた概念であるということも用語の混乱にさらに拍車を掛けている。
多くの文章では「民族」・「国民」・「人種」という用語がしばしば同じ意味で使われている場合もあり、また、厳密に区別されている場合もある。従って、議論をする場合にはまずどのような定義に基づいてそれらの用語を理解しているのが最初に確認し合わなければならない。最近ではさらに「エスニック・グループ」等という新たな概念も加わり、さらにわかりにくくなりつつある(「エスニック・グループ」は比較的最近の概念であるために、漢語の訳語が作られていない)。
この節ではこれらの概念の違いをみていきたい。
2.人種
人種とは人間を形質人類学的に、すなわち動物学的な観点から分類したものであり、文化的・歴史的分類である「民族」とは違う。人を純粋に遺伝子的・外見的に分類したものである。現代人は全て動物学的には「ホモ・サピエンス・サピエンス」(Homo sapiens sapiens) という一種に属するとされている。その Homo sapiens sapiens をさらに形質的に下位分類したものが「人種」である。
「人種」は主に「白色人種」(エウロポイド、コーカソイド)(europoid)、「黄色人種」(モンゴロイド)(mongoloid)、「黒色人種」(ネグロイド)(negroid) の三大人種によって分類されることは一般によく知られていることである。それらの人種の最も主要な棲息地域は、非常に乱暴で大まかな言い方をすれば、「白色人種」が欧州に、「黄色人種」が(東)アジアに、「黒色人種」がアフリカに分布していると言える。しかし、現実にはこれらの人種の形質的な差異は段階的であり、一方の人種の生息地から他方の人種の生息地に掛けての移行は段階的で明確な境界線はない。実際に地球に棲息しているヒトの多くは、実は人種的にはある意味で“雑種”に属する者が多いのだという事実は常に心に留めておかなければならない。
「人種」において重要な事は、これは生物学的な形質に基づいた分類であり、「民族」とは必ずしも一致していないということである。すでに「民族」の定義は非常に曖昧であると言うことは述べたが、それでも「民族」と「人種」は明確に違うのだと言うことは肝に銘じておかなければならない。特に日本列島に居住しているヒト種は、その圧倒的多数が人類学的にはモンゴロイドであり、民族的には日本民族に属するとされているために「民族」と「人種」の厳密な区別が意識化されない傾向があるが、これは世界では一般的ではない。また、「日本人=黄色人種」という思い込みが強いが、実は日本列島においても、その地域によってエウロポイドやネグロイドの形質も一部見られる場合もあるということは忘れ去られがちである。
3.「語族」
「民族」は生物学的な分類である「人種」とは違い、文化的・歴史的かつ“主観的”な分類である。この「民族」の定義を話す前にまず「語族」という考え方を知っておく必要がある。
「語族」という考え方には日常生活では出会わない。語族とは比較言語学の概念であり、言語を動物学の分類のように、その系統によって分類したものである。この「語族」の考え方も日本語にはその親縁関係が証明された言語がひとつもなく、世界の中で孤立しているので、我々はああまり耳にすることがない。(時々、日本語が“ウラル・アルタイ語族”に属するとか、日本語と朝鮮語は親縁関係にあるとかいった主張がいかにも事実であるかのように記述されているのに出会うことがあるが、言語学的には今のところ、ウラル語族とアルタイ語族は分けて考えており、ウラル・アルタイ語族という表現は使われないし、朝鮮語も含め、日本語と親縁関係があるかもしれないと疑われている言語はいくつか存在するものの、未だに言語学的に日本語との親縁関係が証明された言語はひとつもない。)
1つ1つの「言語」が「民族」のようなものだとすれば、「語族」とは「人種」のようなものと言えるかもしれない。世界には3千を越える言語が存在するとされているが、それらの多くはいくつかの「語族」に属すると考えられている。例えば、英語やフランス語、ドイツ語、ロシア語、ラテン語、ギリシア語、エスペラント語、サンスクリット語等は「印欧祖語」と呼ばれる共通の祖語から分かれてきたものであり、現在は「印欧語族」というグループを形成すると考えられている。ハンガリー語やフィンランド語、エストニア語、ラップ語等は「ウラル祖語」と呼ばれる共通の祖語から分かれてきたものであり、現在は「ウラル語族」というグループを形成すると考えられている。
なぜ、ここで言語の問題に触れたかと言うと、「民族」を定義する上では「母語」の問題は避けて通れないからである。
4.「母語」という用語について
日本では一般的に「母国語」という訳語が使われることが多いが、多くの欧米の言語ではそれらは直訳すると「母語」と呼ばれている。「母語」では日本語として座りが悪いと感じられたためと、日本人の意識では「人種」=「民族」=「国家」という思い込みが強く、ここで「母“国”語」と言語に国家を介在させることに何の躊躇もなかったのだろうと思われる。しかし、ヒトが生まれた時に覚え、それで思考する言語を「母国語」と言ってしまうとおかしい場合が出てくる。
例えば日本は実質的には単一民族国家であると言ってしまっても差し支えはないと思うが、現実には日本国内には(日本国籍を有するものだけを見ても)アイヌ民族や、日本に帰化した朝鮮民族の人々が数多く暮らしている。(話をわかりやすくするために、ここでは日本国籍を取得してない者の場合は除外して考えている。)アイヌ民族や日本に帰化した朝鮮民族出身の人々の“母国”は好むと好まざるとに関らず、日本国である。従って、彼らの母国の言語、すなわち“母国語”は日本語である。ところが、アイヌ人の両親に育てられた者や、朝鮮人の両親に育てられた者が日常的に思考する言語はアイヌ語であったり、朝鮮語であったりする場合も理論上は考えられる。従って、人の最も基本的な言語を呼ぶのに「母国語」のような国家を介在させた呼称を用いるのは好ましくない。そこで本稿では、多少日本語としてはまだ定着しきってないかもしれないが、国家に依存しない“母語”という用語を用いることにする。(ちなみに、最近ではこの「母語」という用語を目にすることが多くなってきた。)
5.「民族」
さて、「民族」(nationalitas) であるが、日本のように「人種」と「民族」がほぼ一致している場合もあるが、世界の多くの地域では必ずしも一致しているとは限らない。民族の多くはいずれかの国家を形成している場合が多いが、現実にはかつての、イスラエル建国前のユダヤ人やクルド人、バスク人のように自前の国家を持たない民族も存在する。
民族は人種のように客観的に外部からも決められるものではなく、その民族に所属している構成員の“主観”に依るところが大きい。特に同じ地域に複数の民族が混在しており、混血も多く見られる欧州のような地域においては、民族の所属はしばしば本人がどの民族に自分が属しているかという意識によって決まるとされている。例えば、ハンガリー人の父とルーマニア人の母から生まれた子どもは兄弟の間でさえ自分はルーマニア人だと考える者と、ハンガリー人だと考える者に分かれたりする。
「民族」は文化的な分類であり、どの共同体に属するかという所属する側と、受け入れる集団の意識の問題であるので、客観的に決めることは非常に難しい。しかし、多くの場合非常に重要な指標となるのが、先の項で説明した“母語”である。多くの場合は自分の母語によって自分の所属する民族を意識することになる。
しかし、同じ言語を用いる集団でも、宗教や正書法、所属する国家によって民族意識が違ってくる場合もある。
例えば旧ユーゴスラヴィアを構成していたセルビア人とクロアチア人は言語学的には同じ言語を話していた。しかし、西方教会に属するクロアチア人は同じ言語をラテン文字(普通日本人が“アルファベット”とか“ローマ字”とか呼んでいるもの)を用い、東方教会に属するセルビア人は同じ言語を記述するのにキリル文字(普通日本人が“ロシア文字”と呼んでいるもの)を使っている。言わば、同じ日本列島に居住する同じ言語を話す者達が、例えば関東では平仮名を用い、関西では片仮名を用いているだけのようなものである。これだけで彼らは別の民族意識を持ってしまっている。さらに同じ言語を話すのに、その宗教が回教である者はボスニア人意識を持っている。
ベルギーでは実質的にはオランダ語を話すゲルマン系のフラマンド人とフランス語を話すラテン系のワロン人が共にベルギーという国を構成している。彼らは自分らは“ベルギー人”であるという国民意識を持っているが、民族的に彼らを独立したフラマンド人とワロン人と看做すか、あくまでもオランダ人とフランス人と看做すかでは議論が分かれている。
同様にスイスでは民族的にはドイツ人、フランス人、イタリア人、ロマンシュ人が居住しているが、彼らは皆強烈な“スイス人”という国民意識を持っている。
歴史的に民族移動を見ても、確かにその時にはその民族そのものがハード的に移動しているのだが、時間系列をマクロ的に見てみると、結局彼らは言語は残っても、人種的にはその地域で有力な人種に飲み込まれて、同化してしまう。マクロ的に見ると、人種というハードの上を、言語というソフトの集団だけがすべって移動しているようにさえ見える。かように「民族」とは極めて主観的かつ曖昧で、捉え処のない存在なのである。しかし、うまく定義ができないとは言え、現在の世界は民族によって分類されており、最も主要な概念であるということは忘れてはいけない。
6.「国民」
近代的な「国民」(natio) という概念はフランス革命をきっかけにして登場した。それまでの国民という概念は欧州においては専ら国民には属さない、民族意識すら有さない、農奴達に対する貴族階級や僧侶階級などの支配階級を指す用語であった。それがフランス革命によってフランスに居住する全住民に広げられるようになった。
このフランスで登場した新「国民」の概念は19世紀には欧州に「国民国家」こそ善であるという大潮流をもたらした。そして20世紀には1民族1国家の「国民国家」イデオロギーが全盛を迎えた。しかし、世界の多くの地域においてはある地域には複数の民族が混在しているために、その国民国家は必然的に多くの「少数民族」を抱え込むことになり、支配民族と被支配少数民族の間での対立をもたらすこととなった。国民国家が登場するまでは多くの民族はしばしば共存してきていたのにも関らずである。
国民国家のイデオロギーは共通の言語であり、支配民族が全国民に支配民族の言語を強制し、支配民族に同化させる政策を取らせることになっている。20世紀後半になって、この国民国家至上主義の弊害が語られるようになり、新たに国民国家を超越しようという動きが現れ始めている。最初のそのような試みは1948年のハンガリーの三月革命の指導者コシュート・ラヨシュの提唱した「ドナウ連邦」であり、その革命の鎮圧後、その思想は形を変えて、オーストリア=ハンガリー二重君主国という形で実現したが、当事の国民国家至上主義の嵐の中でそれは1918年に崩壊した。しかし、国民国家の弊害が語られるようになると、新たにそれを超越しようという動きが登場し、現在欧州共同体(EU)という壮大な実験となっている。EU統合が完全に実現すれば、それまでの国民や民族という概念は重要性を失い、地域の分類も国民国家に基づいた旧国家ではなく、トランシルヴァニアとかスコットランドのような地方が主体となり、平等のエスニック・グループが共存するようになるのではないかと期待されている。
7.「エスニック・グループ」
さて比較的新しい概念である「エスニック・グループ」(ethnicum) であるが、これは民族の下位分類を指す場合と、民族とはまだ呼べない集団を指す場合に用いられる。また、民族という概念が曖昧すぎるというので、文化的・歴史的単位を正確を期してこう呼ぶ場合もある。(結局、この概念もまた曖昧にならざるをえないのだが...。)とにかく「部族」、「民族」その他の、何らかの共同体意識を持つ集団をこう呼ぶと考えておけばいいかもしれない。
英国を例に取れば、国民としては全員が英国人であるが、民族としてはイングランド人、ウェールズ人、スコットランド人、アイルランド人等から形成されている。彼らの多くはすでに母語を失っており(特にスコットランド人はそうだ)、民族と呼ぶよりはエスニック・グループと呼んだ方がいいと考えられる場合もある。
ハンガリー人の場合は、同じハンガリー語を話し、ハンガリー人意識を持っている住民でも、その居住地によって、セーケイ人とか、パローツ人とか、チャーンゴー人とかの意識を持っている集団が存在している。彼らは民族的にはハンガリー人であるが、違った所属集団意識と異なった、独自の民俗学的習俗を持つためにそれぞれ独立したエスニック・グループとして取り扱われている。
日本を例に取れば、琉球人等は、かつて別の独立国家を形成していたし、言語的にも本土方言とは大きく違う言語を話し、明らかに独自のエスニック・グループだと言えるであろう。将来、非常に残念ではあるが、アイヌ語を母語とするアイヌ人が存在しなくなってしまった場合にはアイヌ人もアイヌ人というエスニック・グループに属する(民族的には)日本人ということになるかもしれない。
琉球以外の日本本土を見れば、関西人と関東人は明らかに異なる文化・言語集団だと言えるので、別のエスニック・グループに属すると言ってもいい場合もあるかもしれないが、互いに別であるという意識が希薄であるために、そう断言してしまうのは問題もあると思われる。
8.国民・民族を越えて
ローマ帝国のような古代帝国は1つの民族が他の地域に居住する異民族を次々と征服していった。しかし、通信・交通が未発達であったためと、そこの構成民族が常に支配民族と被支配民族に分かれていたために、被支配民族の反発もあって、これらの古代帝国は全て崩壊した。20世紀になって成立し、やがて崩壊して消えていったソビエト連邦や旧ユーゴスラヴィアも多民族国家を謳いながら、実はある特定の民族が他の民族を支配する古代帝国的な国家であったために必然的に崩壊したのだと言える。(同様に歴史の必然を考えれば、やはり古代帝国的な中国も一度民族国家に分裂するに違いないと筆者は予測する。)
旧ユーゴスラヴィアが分裂していった時に多くの識者は、分裂した弱小民族国家では経済的にも成り立たないと警鐘を鳴らした。しかし、この古代帝国のシステムに則った国家制度は一度解体されなければならない運命を持っていた。例えて言えば、夫婦仲が悪くなって、離婚したいと思っている妻に、周りが「離婚したら生活はどうするの?」と諭すようなものである。しかし、離婚したいと思っている者にとっては、とにかく自由になりたいという一心があり、そのためには貧しい生活も厭わないと思うであろう。古代帝国的国家に居住する被支配民族の悲願も同様である。
すでに西欧では一度民族により分裂し、それぞれが国民国家を持つに至った(もちろん、一部未だに独立を求めている運動も西欧にはあるが)。そして一度分裂した後、やはりその弊害が感じられるようになって、改めて、今度は自由な意思で、主体的に平等な関係で再統合をしようとしているのが現在のEUである。形は一見古代帝国と同じように見えるが、実は止揚された一段階高いレベルにあると言えるのではないだろうか。
EUは実は欧州だけの問題ではなく21世紀に掛けての、民族対立を克服する人類の新たな、壮大な実験だと言えよう。
《参考・推薦文献》
◆P・F・シュガー、I・J・レデラー『東欧のナショナリズム 歴史と現在』刀水書房、1981。
◆山内昌之・民族問題研究会編『入門 世界の民族問題』日本経済新聞社、1991。
◆黒田悦子(編著)『民族の出会うかたち』朝日選書、1994。
◆岡正雄・江上波夫・井上幸治(編)『民族とは何か』山川出版社、1991。
◆西島建男『民族問題とは何か』朝日選書、1993。
◆橋川文三『ナショナリズム』精選復刻紀伊國屋新書、1994年。
◆歴史学研究会(編)『国民国家を問う』青木書店、1994)。
◆『シリーズ東欧革命』編集委員会(編)『ハンガリー、東欧の民族問題、ブルガリア』緑風出版、1991。
◆高崎通浩『世界の民族地図 ― The Atlas of World's Races & Ethnics ―』作品社、1994。
◆山内昌之(編)『ベーシック/世界の民族・宗教地図』日本経済新聞社、1996。
◆恵谷治『世界[危険情報]大地図館』小学館、1996。
◆なだいなだ『民族という名の宗教 ― 人をまとめる原理・排除する原理 ―』岩波新書、1992。
(この項 深谷志寿)