教育・授業関係の雑文を入れておきます。
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2000/05/26
文明学科の1年生向けの教科書『文明学序説』第II部第4章第1節「西アジア文明圏」(1998年版)をごく一部修正したものです。
私がイスラーム時代について何か書くなんてことは今後もあまりないと思いますし、記念に(!?)残しておきます。
文献についてはこれ以降もたくさん出ていますが、アップデートは諦めました。また、イスラーム以前の文献はあまりにも少なかったので、本論からは削除して、別の授業で使った(2000年度)ファイルを添付しました。
全体にほとんどオリジナリティはありません。どこででも見かけるような文章ですが、「5.西アジアの近代」はとくに加藤博氏の著書の影響が強いことを述べておきます。また、「6.西アジアの現代」はどうやっても溶け合わない見解を無理に混ぜようとして失敗している観がします。--------しかし、どう書けっていうんだろう?
「4.西アジアを論じる際の問題点」の中の【貢献のみの視点】については、参考文献に挙げていませんが、松田壽男氏の言う「切捨て御免」の歴史・「つまみ食いの歴史」と同じような主張です。-----『アジアの歴史』(同時代ライブラリー122)岩波書店、1992年、5ページ以下(=日本放送出版協会、1971年)。「シルクロード」史観に彩られた同書は、たしかに問題も多々あり初学者にまず薦める類の本ではないでしょうが、ときおり非常に鋭い指摘が見られ、無視できません。
【2002/07/26: 目次&CSS化、および2ヶ所訂正./】
これから出てくるであろう同書に対する書評を読む際の参考にでもなれば、というつもりで簡単に書いたものです。論理的な批判がなされているのではないことを予めご承知下さい。(98/08/17; 2000/05/26本館から引越)【2002/07/26: CSS化./】
実践的な政治学の書として見た場合、この本は役に立つのだろうかという、「ハンチントンの土俵」の上に乗って考えた短評です。
ちなみに、ハンチントン『文明の衝突』は、こんなことを述べている本です:
アメリカの指導者は、疑似戦争にたずさわるイスラム教徒は少数派で、穏健なイスラム教徒は彼らの暴力を非難していると主張している。そのとおりかもしれないが、それを裏づける証拠はない。
(中略)
西欧にとって、基本的な問題はイスラムの原理主義ではない。問題はイスラムそのものなのだ。
(pp.328-329)
一方、韓国は北朝鮮の原子爆弾を地域的な関心をもってみている。韓国人の多くは北朝鮮の爆弾を朝鮮の爆弾だと考えている。それはもう一つの朝鮮に発射されることはなく、日本や他の国からの脅威に対し、朝鮮の独立を守るために利用されると思っている。韓国の役人も軍人も、核使用能力を備えた統一朝鮮の実現を望むと公言している。韓国側としては申し分のない状況だ。北朝鮮が経費を負担するうえ、原子爆弾の開発という国際的非難も受けてくれる。そして、いずれは韓国が核爆弾を引き継ぐ。北側の核兵器と南側の工業生産力が一つになれば、統一朝鮮は東アジアにおける中心勢力として充分な役割をはたせるだろう。
(pp.287-288)