2007/04/05(一月遅れですみません): 次回の更新は5月連休明け。内容:ヘザール・マスジェド山地(イラン)&クサントス(トルコ)。初めての方はまず注意書きを読んでからこのページに戻ってきてください----画像ファイルは巨大です;2枚で1Mバイト越えることもあります。


千のモスク

ヘザール・マスジェド山地の前山(ラザヴィー・ホラーサーン州=ホラーサーネ・ラザヴィー、イーラーン)。

ナーデル・シャーの根拠地の一つ、キャラートはこのギザギザの向こう側。ここらへんの山地全体をヘザール・マスジェドと言うが、現地のドライバーはこのような山容から「千のモスク」という名が付いたんだ、と言っていた。主脈ではない前山なんだけど、この説明にはなんとなく納得してしまう。キャラートからもギザギサに見えるが、こちら南西斜面側から見た方がより印象的。



リュキアの想い出

クサントス(テュルキイェ)。

何県だったかな。ともかく南、地中海側の世界遺産。

パーサールガード(イーラーン)にあるハハーマニシュ朝ペルシア帝国のクラシュの墓にどことなく似ているでしょう。でもこちらの方が起源的にはやや古い。ついでにいうと、リュキアにはもう一つ岩窟墓の伝統もあるが、これもハハーマニシュ朝のダーラヤワウ他の岩窟墓(ナグシェ・ロスタム)に似ている。クラシュは、バビロニアより先にアナトリア(当時リュディアの覇権)を押えているが、リュキア、リュディア、カリア、イオニアあたりの文化にはかなりの衝撃を受けたのではないか。

今クサントスの現地にはないが、ここの神殿とネーレイデースのフリーズは大英博物館に展示されている――ギリシア・ローマ美術の最初の部分として。あれがリュキアのものだということは、説明を注意して読まない者にはわからないだろう。


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