アル阿呆アホウ一生イッショウロン-によっての完成カンセイ-
2006ネン2ガツ   東海トウカイ大学ダイガク文学部ブンガクブ日本ニホン文学科ブンガクカ 室伏ムロフシ朋子トモコ    
或阿呆の一生 (初出『改造』1927[昭和2]年10月)  
[典拠テンキョとなった作品サクヒン] 現在ゲンザイ入手ニュウシュできるテキスト
ジェイムス・ジョイスサク・『ワカ芸術家ゲイジュツカ肖像ショウゾウ ジョイスサク丸谷マルタニ才一サイイチヤクワカ芸術家ゲイジュツカ肖像ショウゾウ』1994[平成ヘイセイ6]2ガツ新潮シンチョウ文庫ブンコ
 
[典拠テンキョ作品サクヒンとの比較ヒカク]
リョウ作品サクヒンとも、自伝的ジデンテキ作品サクヒンである。「アル阿呆アホウ一生イッショウ」は芥川アクタガワ遺稿イコウであり、社会シャカイ芸術ゲイジュツ女性ジョセイナヤみつつ、予感ヨカンさせるようなわりカタをしている。「ワカ芸術家ゲイジュツカ肖像ショウゾウ」は主人公スティーヴンが肉親ニクシン友人ユウジン恋人コイビト政治セイジ民族ミンゾク宗教シュウキョウから決別ケツベツして、芸術ゲイジュツ奉仕ホウシしてきていくことをめるまでの苦悩クノウエガいてる。
リョウ作品サクヒンともナヤみをカカえた主人公シュジンコウであるが、「アル阿呆アホウ一生イッショウ」はかい、「ワカ芸術家ゲイジュツカ肖像ショウゾウ」はアタラしいカタモトめひとりヨーロッパへと旅立タビダつという、セイかうわりカタである。苦悩クノウスエ結末ケツマツというオナ骨子コッシでありながら、両極端リョウキョクタンのラストとなる。これは「アル阿呆アホウ一生イッショウ」の主人公シュジンコウ中年チュウネン男性ダンセイで、「ワカ芸術家ゲイジュツカ肖像ショウゾウ」の主人公シュジンコウ青年セイネンであるという、年齢ネンレイ肉体ニクタイ精神セイシンワカさのチガいが一因イチインだとカンガえられる。
 
[「或阿呆の一生」論]
阿呆アホウ一生イッショウ」のナカ登場トウジョウする「カレ」は芥川アクタガワ自身ジシンであるとカンガえられる。序文ジョブンには久米正雄にあてた文章ブンショウがある。最初サイショから原稿ゲンコウ発表ハッピョウの可否や発表ハッピョウ時期ジキをすべて久米クメ正雄マサオタクしているところから、芥川アクタガワ自分ジブン視野シヤれていたのであろう。
五十一ゴジュウイチダンショウからるこの作品サクヒンは、芥川アクタガワ遺書イショであるといっても過言カゴンではない。「カレ」が芥川アクタガワ自身ジシンであるならば、まだんでいないうちから「一生イッショウ」という言葉コトバ使ツカい、その人生ジンセイ最後サイゴ暗示アンジしている。唯一ユイイツ」というタイトルの断章ダンショウフタつあることも、芥川アクタガワツヨ意識イシキしていたことのアラワれだろう。芥川アクタガワ目前モクゼンにし、この作品サクヒン遺稿イコウとするカンガえから、それまでの作品サクヒンよりもミズカらの意向イコウココロのうちを赤裸々セキララシルしたのだとオモわれる。ぼんやりとした不安フアンカカえ、精神的セイシンテキ不安定フアンテイであった芥川アクタガワ自分ジブンココロのうちをエガくことで、どうにか気持キモちの整理セイリをしようとし、また、自分ジブンザマ他者タシャツタえようと足掻アガいた結果ケッカではないだろうか。だからこそ、ダレよりも自分ジブンのことをっているであろう久米クメ正雄マサオ原稿ゲンコウスエタクしたのだ。
この作品サクヒン芥川アクタガワ遺書イショにあたるということは、芥川アクタガワ自殺ジサツによってこの作品サクヒン完成カンセイするということだ。芥川アクタガワ自殺ジサツという結末ケツマツがあることによって、この作品サクヒンには作品サクヒンナイだけにトドまらないフカみがまれたのだ。
 
[参考サンコウ文献ブンケン]
相原和邦「『或阿呆の一生』論―芥川の〈光〉と〈闇〉」(『国文学』1992[平成ヘイセイ4]ネン2ガツ。37カン2ゴウ
吉岡由紀彦「芥川龍之介の文学的生涯の出発―『或阿呆の一生』再読の試み」(『解釈カイシャク』1992[平成4]ネン7ガツ。38カン7ゴウ
海老井英次「芥川龍之介『或阿呆の一生』注解 (一)−「時代」としての〈世紀末〉」(『文学論輯』1987[昭和ショウワ62]年12月。33号)
海老井英次「芥川龍之介「或阿呆の一生」注解 (二)−〈母〉なるものの二律背反性」(『文学論輯』1988[昭和63]年12月。34号)
海老井英次「芥川龍之介『或阿呆の一生』注解(三)―〈家〉への順応、その悲劇的関係」(『文学論輯』1989[平成ガン]年12月。35号)
海老井英次「芥川龍之介『或阿呆の一生』注解(四)―〈東京〉という〈故郷〉」(『文学論輯』1990[平成2]年12月。36号)
宮下芳子「芥川龍之介『或阿呆の一生』について」(『昭和学院国語国文』1974[昭和ショウワ49]ネン3ガツ。7ゴウ
関口安義「或阿呆の一生」(『解釈と鑑賞』1983[昭和ショウワ58]ネン3ガツ。48カン4ゴウ
菊地弘「(読む)芥川龍之介―『或阿呆の一生』三十四 色彩―」(『日本文学』1981[昭和ショウワ56]ネン3ガツ。30カン3ゴウ
野田泰子「「芥川をめぐる七人の女性」−『或阿呆の一生』を通して」(『筑紫国文』1988[昭和ショウワ63]ネン6ガツ。11ゴウ
黒沢真奈子「『或阿呆の一生』論―「ぼんやりした不安」の「詩と真実」をめぐって」(『国文目白』1989[平成ヘイセイガン]ネン11ガツ。29ゴウ
 
[参考サンコウインターネット・サイト]
或阿呆の一生  敗北の文学  http://www2u.biglobe.ne.jp/~roy/report3.htm
青空アオゾラ文庫ブンコアル阿呆アホウ一生イッショウ本文ホンブン http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/19_14618.html
芥川アクタガワ龍之介リュウノスケ 経歴ケイレキ著書チョショ紹介ショウカイ http://homepage1.nifty.com/impossible/book/a/a-1.htm