第6回東海大学湘南フィルムフェスティバル 学生レポート

文芸創作学科 栗原明子

 「知ってほしいことがある」――――第6回の東海大学湘南フィルムフェスティバルのキャッチコピーは、実行委員の長い話し合いの末に決まった。 委員それぞれに、この映画祭で「知ってほしいこと」があった。その想いをかけてこの日の映画祭まで準備を進めてきた。私もその一人である。
 上演作品は、中村高寛監督のドキュメンタリー映画、『ヨコハマメリー』と、ルー・チューアン監督の中国映画『ココシリ』。ゲストには中村監督を迎えた。 12月2日午後1時少し前、開幕の時間が近づいていた。アナウンスの係として控えていた私は、会催前の挨拶をすべく、深呼吸をして会場へ続くドアを開けた。
 『ヨコハマメリー』は、戦後の横浜を娼婦として50年間生き続け、突如姿を消した一人の女性を、周りの人々の証言やインタビューで追うドキュメンタリー映画だ。 その女性は顔を白く塗り、白いドレスで着飾って横浜の夜の街に立ち続けた。彼女を人はハマのメリーと呼んだ。本名を知る人間はいない。 彼女の生きた痕跡を追っていくこの作品は、同時に横浜という街の戦後史でもある。写真家・森日出夫の撮影した写真と共に、 様々な人物によって戦後の横浜という街が、ハマのメリーの伝説と共に語られる。
 最後は、故郷に帰った現在(撮影当時)のメリーさんと、友人であるシャンソン歌手の永戸元次郎さんが再会し、二人が共に去って行くシーンで終わる。 ドキュメンタリーというより劇映画を観ているような、感動的なラストシーンだった。

 上映後、その感動の消えぬままに、中村監督と、学生二人、山根貞男先生との座談会が始まった。映画の撮影の裏話や苦労、 監督のドキュメンタリー映画へのこだわり、そして監督自身についても話してくれた。
 座談の中で、監督は何度か“相手とどう関わっていくか”ということの重要性を語った。ドキュメンタリーは事実そのものではない。 中村監督は、シーンとシーンのつながりにこだわり、場面ごとに意味を持たせ、展開を作っていく。その過程でドキュメントに関わる人々を、 より劇的な展開に「自ら」向かうように、その背中を少しだけ押す。監督はその作業を「種をまく」と表現した。その種まきの作業で、 相手とどう関わるかが重要になってくるのだ。あくまで自分の意志で行動を起こしてもらわなければ良いシーンは撮れない。 そうして蒔かれた種が実を結び、『ヨコハマメリー』という素晴らしい作品に仕上がったのだろう。監督の、作品へのこだわりを本人の口から聞けた貴重な機会だった。
 座談会の後半に設けられた客席からの質問のコーナーも、直接質問できる滅多にない機会に、次々に手が挙がった。 「監督にとって映画とは」という質問に監督は、「一生をかける仕事です」と淀みなく答えていた。
 座談会終了後、年配の女性が、受付の係に「今日はありがとう。映画を観ていて、とてもなつかしかったわ」と、にこやかに笑いながら声をかけてくれた。 彼女も戦後の横浜の街を、メリーさんがそうしたように、彼女なりのやり方で生き抜いたのだろうか。ゆっくりと階段を上って行く小さな背中を見ながらそう思った。

映画『ココシリ』より
その後、休憩を挟んで『ココシリ』が上映された。『ココシリ』は海抜4700メートルのチベットの秘境で、 そこに生息する貴重なチベットカモシカを密猟者から守る為に戦う山岳パトロール隊の男たちを描いた、事実に基づく劇映画である。
 美しくも厳しい大自然の中で繰り広げられる、壮絶で激しい展開に、客席の誰もが引き込まれる。 まるで自分が当事者のひとりになったような錯覚に陥るのだ。命を懸けて“美しいもの”を守ろうとした男たち。 残酷な運命に翻弄された彼らの結末に、心が震えた。
 物語が終わり、スタッフロールが流れても、会場は静まり返っていた。委員長の閉会の挨拶で、拍手が一斉に沸き起こった。 完全に映画に引き込まれていた観客が、やっと現実に戻った瞬間だった。
 スクリーンの脇で終わりのアナウンスの準備をしていた私は、その様子を見て、また、会場を包み込む拍手を聞きながら、委員それぞれの「知ってほしいこと」が、今日来ていた皆さんに少しでも伝わったならいいと思った。私は、実行委員としての言いようのない充実感を感じた。 そしてその気持ちをかみ締めるように、「本日は、ご来場いただきまして、まことにありがとうございました」という最後の一文を、心を込めて丁寧に読んだ。